名古屋支部のあゆみ

沿革

旧設置運営修道女会 聖心の布教姉妹会は、大正9年 時のカトリック新潟教区長ヨゼフ・ライネルス師(神言会司祭)によって創立された。以来、時代の必要に応じて各地に於いて教育、社会福祉、その他の分野に従事してきた。

大正15年12月 ライネルス師は名古屋市南区豊門町に土地を購入し、聖心の布教姉妹会に保育園設置を依頼し正式な認可を得て「愛子幼稚園」を開設したのが、名古屋教区における最初の活動である。
昭和3年2月 名古屋市南区豊門町3丁目11番地に熱田カトリック教会(主任神言会司祭シエプラ師)を新設
昭和3年11月 聖心の布教姉妹会は教会の敷地内に家庭での養育が困難な児童のための養育所(児童養護施設)「聖園天使園」を開設
昭和8年 正式な認可を得た。この時入所児童は36名であった。
昭和7年 勤労者地区の生活向上を目指し、名古屋市中川区荒江町2-39 八熊カトリック教会で「聖園セッツルメント」と託児所(保育園)「聖園マリア園」を開設
昭和9年9月 保育園は認可を受けた。シスターは熱田修道院から通い、保育園とセッツルメントの仕事をする傍ら貧しい人々や病者訪問を行い、宣教活動に従事し多くの受洗者が出た。
昭和10年代 豊門町近隣は工場地帯として急激に発展し、煙突から噴出す黒煙は辺りに立ちこめ工場通勤者の通勤路となり、飲食屋台が立ち並び付近一帯は空気も風紀も好ましくないため、育ち盛りの子ども達のための移転を考えていた。
その頃、住宅は郊外へと延びていたが、名古屋市内へ通勤する人々のベットタウンとして開けつつある「鳴海」の地が名古屋電鉄により住宅地として区劃分譲されているのを知り、鳴海町薬師山(現鳴海聖園天使園所在地)に2区劃購入。修道院と児童棟を建設。
昭和13年8月 落成。主に虚弱児を受け入れ、南区豊門町からは徐々に移動した。
昭和20年5月17日 襲で熱田教会と共に「愛子幼稚園」「聖園天使園」は全焼していたが、子ども達は全員、鳴海の聖園天使園に移動しており人命の被害はなかった。
昭和20年6月17日 八熊の「聖園マリア園」は戦火で消失。完全に廃墟と化す。
昭和27年10月31日 地域の人々の強い要望により同所に聖園幼稚園を開園。
昭和49年 のぞみ幼稚園と改称し、カルメル会男子修道会に運営移管した。
戦後 近隣の人々の希望で聖園天使園の一室を開放して、保育園を開いたが、次第に園児が増加し広い園舎が必要になり、向かいの成海神社の所有地森林を購入し、樹林を伐採して園舎を新築
昭和21年 名古屋市緑区鳴海町乙子山に「みその園」を開設した。
昭和40年4月 地域の変化により「みその園」を「みそのラファエル幼稚園」として設置変更。「みその園」は乙子山より薬師山に移転し、乳幼児の長時間保育所として継続。
平成20年4月 社会福祉法人 聖心の布教姉妹会より社会福祉法人 みその児童福祉会へ経営移管され、鳴海聖園天使園 定員60名 鳴海みその園 定員60名の名古屋支部として、日々神の望みを求め、地域の必要に応えられる児童福祉を目指し励んでいる。
各施設外観
みその児童福祉会について
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